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文化施設

文化施設

岩出市民俗資料館

岩出市民俗資料館岩出市民俗資料館岩出市民俗資料館

所在地 根来2306-1
施設内容 常設展示室・企画展示室・会議室・根来塗工房
開館時間 午前9時~午後5時(入館時間は午後4時30分まで)
休館日 火曜日・祝日の翌日(ただし、その日が火曜日、土曜日、日曜日及び祝日に当たるときは、その翌日)・年末年始
使用申込 使用日の2日前までに。電話不可。申込み時に印鑑・使用料が必要。
使用料 使用料一覧
使用申請書 申請書(PDFファイル)(ワードファイル
お問い合せ先 TEL 0736-63-1499
入館料 無料
駐車場 無料80台
 岩出の風土と暮らしの移り変わりを基本的なテーマとして楽しく勉強できる様になっています。古代の岩出の生活から現在に至るふるさとの姿を体験できます。岩出の歴史・民俗・文化の常設展示の他、企画展、文化協会及び児童の作品展示会、根来塗公開講座、大小会議室の貸出等、多目的に活用できるようになっています。
根来塗公開講座---地域文化の伝統工芸として、その技術を永く後世に伝承していくために活動しています。毎週水・土曜日

岩出市陶芸館

岩出市陶芸館岩出市陶芸館

所在地 山719
開館時間 午後1時から午後9時まで
休館日 毎週火曜日・国民の祝日12月29日から1月3日まで
使用料 使用料一覧
使用申請書 申請書(PDFファイル)(ワードファイル
お問い合せ先 生涯学習課 TEL 0736-61-6963

岩出市立岩出図書館

岩出図書館のホームページ(←詳しくはここをクリック)

岩出市立岩出図書館

所在地
 根来1472-1
開館時間 午前10時~午後7時
休館日 毎週木曜日・祝日の翌日(木曜日、土曜日、日曜日及び祝日のときはその翌日)毎月末日の館内整理日(木曜日、土曜日、日曜日、祝日及び祝日の翌日のときは翌月第1金曜日)年末年始(12月29日~1月3日)資料整理期間(年1回別途お知らせする期間)
お問い合せ先 TEL 0736-62-7222
駐車場 無料 150台
 岩出図書館(本館)、分館の駅前ライブラリー、分室の総合保健福祉センター図書室・中央公民館図書室・上岩出地区公民館図書室の各施設と連携して図書を配送し、利用者の方が指定した施設で貸し出しができる配本サービスも行っています。各分室の詳しい情報(開館時間、休館日等)は各施設にお問い合わせください。

岩出市立駅前ライブラリー(岩出図書館分館)

岩出市立駅前ライブラリー(岩出図書館分館)

所在地 高塚63-5
開館時間 午前10時~午後6時30分
休館日 毎週木曜日・祝日の翌日(木曜日、土曜日、日曜日及び祝日のときはその翌日)毎月末日の館内整理日(木曜日、土曜日、日曜日、祝日及び祝日の翌日のときは翌月第1金曜日)年末年始(12月29日~1月3日)資料整理期間(年1回別途お知らせする期間)
お問い合せ先 TEL 0736-61-1758

いわで御殿

いわで御殿

所在地 清水5-1
施設内容 1階:展示室・会議室・休憩室2階:浴室・デイサービスセンター
使用申込 会議室等を使用する場合は、使用日の1ヶ月前から受付。浴室利用の場合は、利用券の購入が必要。
大人300円・子ども100円(回数券11枚つづりもあります)
使用料 使用料一覧
使用申請書
 申請書(FPDファイル)(ワードファイル
開館時間 午前10時~午後8時(入浴は午前11時から午後6時まで)
休館日 年末年始(12月29日から1月3日まで)
お問い合せ先 TEL 0736-61-1122
 現在のこのあたりは風光明媚な小山があり、周辺の人々に景勝地として親しまれてきました。そこに妙見堂という建物がありましたが、慶安2年(1649年)紀州徳川家初代藩主・徳川頼宣がこれを和歌浦に移した後、その跡地に別荘を築かれたそうです。この建物を「厳出御殿」と呼び、歴代藩主が参勤交代の時など、ここに宿泊していたそうです。八代将軍吉宗も幼少の頃は、ほとんどここで過ごしていたと伝えられています。この地からは大台ヶ原や吉野に源を発する紀の川、箱山、紀州富士の名で知られる龍門山の美しい姿を望むことができます。また当時は岩出の地名どおり川の中には人とり岩・畳岩・なまず岩・えぼし岩や車岩などと呼ばれる奇岩が点在していたそうです。さらに上流は我国有数の木材の産出地でしたので、筏が下り、景観に風情を添えていたと思われ、紀州家が別荘を建てたことがなるほどと頷ける景勝の地であったと思われます。 厳出御殿は、宝暦14年(1764年)に取り壊された後、時代の流れとともに大阪では八州軒、横浜では臨春閣と所・名前を変えながらも、現在は横浜市・三渓園に「臨春閣」として国の重要文化財に指定され当時の姿を残しています。 さてこの地は、厳出御殿が取り壊された後、御殿山と呼ばれ昭和のはじめ頃まで公園として地元の人々に親しまれていましたが、奇岩のあった辺りが川の流れの障害となり再三にわたる岩出市の水害の原因となっていたので川幅を広げるため、奇岩及び御殿山の一部を取り崩すことになり、かつての姿は失われています。